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2016 Jun. 27

モザイクタイル

建設資材の1つである「タイル」の語源は、ラテン語で陶製の屋根板を指す「tegula/テグラ」に由来すると言われている。なお、「テグラ」は広義には「ものを覆う」という意味があり、近世以降、屋根瓦と建築物の表面を覆う陶製の薄板の双方を「テグラ」と呼ぶようになっている。

タイル

「タイル」の歴史を遡れば、最初のものとして挙げられるのが、古代エジプトのピラミッドに使われた青色の陶片といわれており、現存する世界最古のタイルは、エジプト第3王朝のジェゼル王が紀元前27世紀に建てたサッカラの階段ピラミッドの通路に貼られた青釉のタイルと推測されている。

サッカラの階段ピラミッド
階段ピラミッドの通路に貼られた青釉のタイル

しかし、この後、同様の装飾技法を使用した例はしばらく見られず、次に登場するのはイスラムの世界。偶像崇拝が禁じられ、彫像が作られなかった代わりのように、壁一面装飾タイルで覆われるモスクが登場した。

モスク

続いて中世のヨーロッパで象嵌タイルの手法による床タイルが作られるようになり、15世紀ごろからはイスラムの影響が強かったイベリア半島で、絵付けを施したいわゆる「マジョリカ・タイル(マヨリカ焼き)」が登場する。

マジョリカ・タイル

そして、19世紀のアーツ・アンド・クラフツ運動やアール・ヌーヴォーといった、「応用芸術」あるいは「工芸」への注目が高まる中で、中世からルネサンス期の「タイル」が見直され、新たな表現へとつながっていった。これがさらに日本に輸入され、日本の「タイル」文化が展開するようになった。

異国からやってきた建物の装飾である「タイル」は、いつの時代も憧れの対象であった。そして、「タイル」は小さなピースを組み合わせて柄を構成する「モザイクタイル」が主流であった。

モザイクタイル

「モザイクタイル」は、2つの言葉からできた名称で、「モザイク」という場合、その起源はやはり古代ヨーロッパ、即ちギリシャ時代に遡る。その後、ペンキも絵具も開発されていなかったため、教会などの大空間の壁面にキリストや聖人の姿を現す手段として「モザイク」が用いられた。

モザイクタイル

しかし、日本で「モザイクタイル」という場合、その歴史はそれほど古くない。当初は、敷瓦、陶板、貼付け化粧瓦など様々な呼称があったが、大正11年4月に東京の上野で開催された「平和記念東京博覧会」において、全国タイル業組合によってそれらを「タイル」と呼ぶことに統一された。

その後、大きさや使用される場所に応じて「タイル」に様々な名称がつけられるようになっていくが、30センチ角程度のユニットにしておいて施工する手法が登場し、絵柄が容易に表現できるようになったとき、「モザイクタイル」という呼称が定着したという。

モザイクタイル

ちなみに、「モザイクタイル」は規定では表面積が50平方センチメートル以下の小ぶりな製品のことを指し、多様な形を組み合わせて多様なパターンを作り出すことができ、「やきもの」で出来た建築物の装飾として、昭和30〜40年代には「モザイクタイル」の需要は多く、まさに建設資材の花形選手であった。

モザイクタイル
モザイクタイル

岐阜県の南東にある多治見市笠原町は、日本のほぼ真ん中に位置する日本最大の「モザイクタイル」の生産地である。なお、「隠れ里のような街」と表現される笠原町は、多治見の中心街からも小高い丘で区切られ、周囲を「方月山」「笠原ふじ」などのなだらかな山に囲まれた小さな町である。

1959年の笠原町の様子
1959年の笠原町の様子

6月4日、この施釉磁器モザイクタイル発祥の地にして、全国一の生産量を誇る多治見市笠原町に「多治見市 モザイクタイル ミュージアム」が誕生した。「タイル」についての情報が何でも揃い、新たな可能性を生み出すミュージアムとして大いに注目されている。

多治見市 モザイクタイル ミュージアム

設計は、広い視野で語られる建築史論と、自らの視点に基づく独創的な建築作品で世界的な評価の高い建築家で東京大学名誉教授の藤森照信が担当。

藤森照信

外観は、多治見付近でよく目にする採土場からインスピレーションを受けて、タイルの原料を掘り出す「粘土山」のような不思議な形にデザインで、地場産業のシンボルとして、懐かしいのに新鮮な、不思議な印象を与えている。

モザイクタイル ミュージアム

正面には、「タイル」の原料となる土の表情が作られ、点々と埋め込まれたタイルがキラキラと輝く。2階から4階まで続く大階段は、巨大な土のトンネルや登り窯を想起させ、外光が差し込む4階には、藤森照信が選んだモザイクタイルの溢れる不思議な世界が広がる。また、緑の芝生と笠原中央公民館につながる「タイル広場」が、公園のようなゆったりした空間を作っている。

モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム

「建築物を構成する素材の中で最も根源的なものは何か」という問いに、「土」と答える藤森照信。「タイル」もまた、土を焼成して作る建材の1つであり、「土」という原点を形にすることで、そこから生まれ、人の暮らしを彩ってきた「タイル」の変幻自在な魅力と、これからの豊かな可能性を示唆するのが「モザイクタイル ミュージアム」である。

なお、「モザイクタイルミュージアム」のロゴは、建築デザインを取り入れ、土山の中にモザイクタイルが詰め込まれたような形となっており、ここには、「土から生まれたタイル」という意味と、ミュージアムが関係し、実践していくことになる事業の多様性が表現されている。

モザイクタイル ミュージアム

ミュージアムには、笠原町の有志が20年近くにわたって集めてきた「モザイクタイル」の製品、サンプル台紙をはじめ、道具類や貴重な建造物の壁面の断片まで、1万を超える資料が収蔵されている。

モザイクタイル ミュージアム

必ずしも著名な建築物に施工されるわけではない「モザイクタイル」は、多くの場合、老朽化した建築物と運命を共にし廃棄される。そんな中、自分たちの仕事に誇りと愛着をもつ地元有志は、建物の解体の情報を聞きつけてはタイルを譲り受け、あるいは閉鎖される工場からタイルのサンプルを引き取るといった収集を続けてきた。

「モザイクタイル ミュージアム」には3つの展示室がある。大階段を上り切った先にある4階の展示室では、床から天井まで白いタイルに覆われた空間に、収集されてきた「モザイクタイル」の絵模様や絵タイル、洗面や風呂などから藤森照信が選んだ資料が散りばめられ、不思議な魅力を放っている。

モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム

また、3階の展示室は多治見の「モザイクタイル」の製造工程や歴史が辿れるコレクションの展示と企画展示を行うギャラリー。タイル産業の歩みを記した年表や製造機械、貼り板(シート加工する時に使う道具)などを展示。釉薬が厚く塗られたレトロな「タイル」や、今では再現できない貴重な色のピースも展示される。

モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム
モザイクタイル ミュージアム

そして、2階の展示室は最新のタイル情報を一元化し、提供する産業振興フロア。コンシェルジュカウンターではタイル選びや施工のご相談も行っている。

現在、3Fギャラリーでは開館を記念した第1回目の展示企画として、岐阜出身アーティストの大巻伸嗣による展示「Echoes Infinity ―永遠なる物語―」を開催中。

Echoes Infinity ―永遠なる物語―

この企画展では、既存の空間を利用しながら新たな意味を与え、鑑賞者の五感に訴えかけるインスタレーションで高い評価を受ける大巻伸嗣の作品制作に市民が参加。「もの」にまつわる思い出を共有しながら、作品として結晶化させた1つの空間を作り上げた。

大巻伸嗣

「モザイクタイル」を目にする人々が、ふと口にする言葉「なつかしい」。使い古した家具や衣服に、また、持ち主たちの物語が詰まっているように、戦後の高度成長期を「タイル」の一大産地として歩んできた笠原町の「タイル」には、人々の様々な記憶や物語が刻まれている。

モザイクタイル

「タイル」は単調な壁や床を彩り、楽しい景色を創り出すことで人や街を元気にする。

その魅力を再発見してもらうために、膨大なタイルのコレクションを基盤に、多治見市笠原町で培われてきたタイルの情報や知識、技術を発信しさらに、「モザイクタイル ミュージアム」を訪れた人々が「タイル」の楽しさに触れ、「タイル」を介して交流し、「モザイクタイル」のように大きな新しい絵を描いていける、そんなミュージアムを目指している。

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