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2013.May. 26
ウルの牡山羊

シガリット・ランダウは1969年エルサレムに生まれ、イギリスやアメリカで数年を過ごした後、現在はテルアビブを拠点に活動するイスラエル人アーティスト。2011年には第54回「ヴェネツィア・ビエンナーレ」にイスラエル館代表として参加、「One Man's Floor is Another Man's Feelings」と題したインスタレーションで高い評価を獲得。また、日本では同年に開催された「横浜トリエンナーレ」にて、西瓜とともに死海を漂うビデオ作品「DeadSee」と、死海の塩を結晶化させた彫刻群「棘のある塩のランプ」を展示した。

シガリット・ランダウ

テルアビブで作品を作り続けるシガリット・ランダウは、暴力の連鎖に対して平和的に、非暴力的に、そして、あくまでも感覚的にアクティブであり続けることに価値を置く。正義を振りかざすことを避け、スローガンなども掲げない。彼女は、「生と死」「肉体」「人々との関わり合い」など、常に「痛み」を伴ってきた自国の歴史を反映した作品を発表している。

アーティストが個人的なことを作品にして、他者に影響を与えること自体がポリティカルな行為。その意味でアーティストは皆ポリティカル。自分はその中でも集団へ関わり合い、他人と関係を持ち、何かを繋げようとしている。政治的なことを無視して作品を作ること自体が非常に政治的で、それは危険なことだと彼女は語る。

シガリット・ランダウの日本における初個展「ウルの牡山羊」が5月17日より、東京・銀座のメゾンエルメス8階フォーラムで開催されている。期間は8月18日まで。

展示は2つのインスタレーションで構成されている。フォーラムにおいても初の試みとなる、大規模なビデオプロジェクションによる作品が展示。1つは既に発表されているビデオ作品で、天井の高い空間を生かしてオリーブの森を表現する「茂みの中へ(Out in the Thicket)」を発展させた作品。収穫機がオリーブの木をユサユサと暴力的に揺らす様子が、天井から下がる4面のスクリーンに投影される。フロアには収穫機本体が設置され、来場者は挟まれて揺さぶられ、オリーブの木と同じ気持ちを味わえる。

既に発表されているビデオ作品で、天井の高い空間を生かしてオリーブの森を表現する「茂みの中へ(Out in the Thicket)」を発展させた作品
来場者は挟まれて揺さぶられ、オリーブの木と同じ気持ちを味わえる

イスラエル南部のキブツ(農業共同体の集落)で日々収穫されるオリーブは、自然収穫ではなく、巨大なプランテーションの中で機械的に短時間で収穫される。それは、不安定な政情下ではいつ収穫できなくなるか分からないためである。イスラエルでは、パレスチナ側の農家が育てあげた、樹齢の古いオリーブの木が壁の建設によって切り倒される悲しい現実があると彼女は嘆く。ここでは皮肉にも「平和の象徴」でもあるオリーブが「恐怖の象徴」として浮かび上がってくる。ちなみに、このオリーヴの木々の映像はイスラエル南部のネゲヴ砂漠にあるオリーヴ園で撮影されたものだ。

もう1つは、50年代イスラエルの部屋を再現した新作「火と薪はあります(Behold the Fire and the Wood)」。これは、シガリット・ランダウの祖父の家の一部を再現した未発表のインスタレーション作品。台所では、世界各地からイスラエルへ移住してきた女性達の立ち話が聞こえ、居間の一部には墓石が見える。空っぽの家では「人の不在」が意識され、50年代当時と今のイスラエルの世代間の断絶について考えさせられる。イスラエルが国家として独立宣言したのは1948年。50年代には第二次中東戦争が勃発するなど、激動の時代が続いた。自分の生まれる前の故郷の姿に触れたこの作品で、ランダウは「家」を象徴的に見せながら、この土地の歴史や作家の個人的な秘密を浮かび上がらせている。そして、家の中の私的な経験について、社会的、政治的な意味を考えるように仕向けた作品だ。

新作「火と薪はあります(Behold the Fire and the Wood)」
新作「火と薪はあります(Behold the Fire and the Wood)」

展覧会のタイトル「ウルの牡山羊」とは、旧約聖書にあるアブラハムの逸話「イサクの燔祭」に由来するもの。ここでアブラハムは息子イサクを神に生贄として捧げるものの、天から神の使いが現れてこれを止めたため、イサクは代わりに近くにいた牡羊を燔祭として捧げている。2つのインスタレーションのどちらの作品にも通底するのは「犠牲」への考察。

暴力的な方法で振るい落されるオリーブの実、戦禍の歴史のなかで家庭を守り続ける女性、ユートピアを夢見て入植しつつ、挫折を味わう1人の青年。イスラエルという特殊な歴史をもつ国家に常に存在する「犠牲」を内包しながらも、その境界を凌駕しようとするポジティヴで力強い表現力は、国や宗教を超えた「希望」を造形化しているともいえる。

イスラエルという国に生きる作家ならではの死生観、逞しさ、身体感覚などに溢れた2つのインスタレーションは必見だ。なお、現在シガリット・ランダウは、死海の中にイスラエルとヨルダンをつなぐ「塩の橋」を架けるプロジェクトを制作中。ヨルダンとイスラエルが国交を結んでから20周年を迎える2014年に完成予定。


 
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