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2013.Dec. 17
フィリップ・K・ディック

アメリカのSF作家であるフィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)は、イリノイ州シカゴで、二卵性双生児の一子として生まれたが、双子の妹は40日後に死去している。この出来事は彼の作品や人間関係、そして、人生にまで大きな影響を与え、数多くの作品に「幻影の双子」のモチーフが登場する原因となった。

アメリカのSF作家であるフィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)

1952年の小説「ウーブ身重く横たわる」で本格的にデビュー。ただ、1950年代初期に執筆した処女作「市に虎声あらん」は、核実験やカルト宗教を題材にしたSFではない文学作品だったが、暴力描写などが原因で生前は出版社に拒否され、結局出版できたのは2007年であった。また、1951年に出版社に売れた最初の小説「ルーグ」も修正を指示され、雑誌に掲載できたのは1953年だった。

1955年の長編「太陽クイズ(偶然世界)」で注目を集め、1963年に歴史改変SFの「高い城の男」で、「ヒューゴー賞(主としてSF・ファンタジー・ホラーを対象とする賞)」を受賞。ちなみに、SFに与えられる賞としては、アメリカSFファンタジー作家協会 (SFWA) の会員投票で選ばれる「ネビュラ賞」と知名度を二分する。また、1975年には未知のパラレルワールドで目覚めた有名人を描いた「流れよ我が涙、と警官は言った」でジョン・W・キャンベル記念賞を受賞した。彼は生前に44編の長編と121編の短編小説を書き、そのほとんどがSF雑誌に掲載された。しかし、SF界の天才と称されたフィリップ・K・ディックだが、出版社との折り合いが悪く、経済的には恵まれなかったという。

1963年に歴史改変SFの「高い城の男」で、「ヒューゴー賞(主としてSF・ファンタジー・ホラーを対象とする賞)」を受賞

彼の小説は社会学的・政治的・形而上学的テーマを探究し、独占企業や独裁的政府や変性意識状態がよく登場する。後期の作品では、形而上学と神学への個人的興味を反映したテーマに集中しており、しばしば個人的体験を作品に取り入れ、薬物乱用や偏執病・統合失調症や神秘体験が描かれている。

作家としての活動中は常に貧乏だったが、彼の死後に多くの作品が映画化され、ヒットしている。1982年公開のリドリー・スコット監督作品、ハリソン・フォード主演の「ブレードランナー」は、1968年の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の映画化。この作品は、SF映画の金字塔として評され、1993年にはアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存登録された。

ハリソン・フォード主演の「ブレードランナー」

監督のリドリー・スコットは1979年公開のSFホラー「エイリアン」に次ぐSF作品となる「ブレードランナー」でも、卓越した映像センスを発揮。従来のSF映画にありがちだったクリーンな未来都市のイメージを打ち破り、環境汚染にまみれた酸性雨の降りしきる退廃的近未来都市像として描いた。そして、この作品が提示した、猥雑でアジア的な近未来世界のイメージは、1980年代にSF界で台頭したサイバーパンクムーブメントと共鳴し、小説・映画はもとよりアニメ・マンガ・ゲームなど後の様々なメディアのSF作品にも決定的な影響を与えることとなった。

環境汚染にまみれた酸性雨の降りしきる退廃的近未来都市像として描いた

ただ、1982年夏の公開時は大ヒット作「E.T.」の陰に隠れて興業成績は全く振るわなかった。日本でもロードショーでは極端な不入りで、早々に上映が打ち切られてしまった。日本ではロードショーでの不入りからカルト・ムービー扱いされる一方で、名画座での上映から好評を博し、本国からビデオを個人輸入するほど熱狂的なマニアも現れた。その後、ビデオが発売・レンタル化されてからは記録的なセールスとなる。

ちなみに、「ブレードランナー」という名称は、SF作家アラン・E・ナースの小説「The Bladerunner」において「非合法医療器具(Blade)の密売人」として登場する。この小説を元にウィリアム・S・バロウズは小説「Blade Runner 」を執筆した。映画制作に当たり、制作陣は主人公のデッカードにふさわしい職業名を探すうちにバロウズの小説を見つけ、「ブレードランナー」という名称のみを借り受けることに決め、作品タイトルとするにあたりアラン・E・ナースとウィリアム・S・バロウズに使用権料を払い、エンドクレジットに謝辞を記している。

2019年、地球環境の悪化により人類の大半は宇宙に移住、地球に残った人々は人口過密の高層ビル群が立ち並ぶ都市部での生活を強いられていた。宇宙開拓の前線では遺伝子工学により開発された「レプリカント」と呼ばれる人造人間が、奴隷として過酷な作業に従事。「レプリカント」は、外見上は本物の人間と全く見分けがつかないが、過去の人生経験が無いために「感情移入」する能力が欠如していた。ところが、製造から数年経てば彼らにも感情が芽生え、人間に反旗を翻す事態にまで発展。しばしば反乱を起こし、人間社会に紛れ込む彼等を「処刑」するために結成されたのが、専任捜査官「ブレードランナー」である。

人間社会に紛れ込む彼等を「処刑」するために結成されたのが、専任捜査官「ブレードランナー」である

タイレル社が開発した最新「レプリカント」ネクサス6型の男女6名が人間を殺害し脱走、シャトルを奪い、密かに地球に帰還し潜伏していた。人間そっくりなレプリカントを処刑するという自らの職に疑問を抱き、ブレードランナーをリタイアしていたデッカードだったが、その優秀な能力ゆえに元上司ブライアントから現場復帰を強要される。捜査のために「レプリカント」の開発者であるタイレル博士に面会に行くが、タイレルの秘書レイチェルの謎めいた魅力に惹かれていく。

「レプリカント」を狩ってゆくデッカードだが、やがて最後に残った脱走グループのリーダーであるバッティとの対決の中で、彼らが地球に来た真の目的を知る事になる…。

最後に残った脱走グループのリーダーであるバッティとの対決

なお、「レプリカント」については、原作の「アンドロイド」が機械を連想させると考えたリドリー・スコット監督が、脚本を改稿させるためにやとった脚本家デイヴィッド・ピープルズに別の名前を考えるように依頼。ピープルズは、生化学を学んでいた娘からクローン技術の「細胞複製(レプリケーション)」を教わり、そこから「レプリカント」という言葉を造語した。

1990年公開の「トータル・リコール/Total Recall」は、ディックが1966年に発表した短編小説「追憶売ります(We Can Remember It for You Wholesale)」を映画化。アーノルド・シュワルツェネッガーが主演し、監督は「ロボコップ」や「氷の微笑 」「ショーガール 」でお馴染みにポール・バーホーベン。アカデミー賞では視覚効果賞および特別業績賞(視覚効果)を受賞。また、音響効果賞、録音賞にもノミネートされた作品である。

トータル・リコール/Total Recall

現実と虚構の混乱、人間に口答えする機械、自身のアイデンティティに疑いを持つ主人公といったフィリップ・K・ディック的要素が詰まった作品だ。

余談ながら、主演のシュワルツェネッガーが2003年にカリフォルニア州知事選挙出馬を決めたのは、当時の州知事であるグレイ・デイヴィスがリコールされたことが直接のきっかけであったが、それを報じた現地のタブロイド紙の見出しは「Total Recall」であった。

Total Recall

なお、2012年には1990年の「トータル・リコール」のリ・イマジネーション作品がコリン・ファレル主演で制作された。監督のレン・ワイズマンは、2003年公開の「アンダーワールド」で映画初監督。2007年には「ダイ・ハード4.0」を監督した。

両作ともに「追憶売ります」を原作としているが、2012年版はオリジナルとは若干内容や世界観、設定等が変更されている。なお、劇場版とディレクターズカット版では物語の展開が異なっているが、ディレクターズカット版はブルーレイディスクのみの収録である。

ディレクターズカット版はブルーレイディスクのみの収録

また、1995年公開の「スクリーマーズ」は、短編「変種第二号」の映画化。監督クリスチャン・デュゲイ、主演ピーター・ウェラー。原作は戦争で荒廃した地球が舞台だったが、異星に変更されている。西暦2068年、惑星シリウス6Bにより発見された鉱石「ベリニウム」の採掘を巡り、惑星開発企業「NEB」側と、労働者や科学者の連合との間で戦争が続いていた。惑星には連合軍が開発した「スクリーマー」と呼ばれる防御用兵器が投入されていた。「スクリーマー」が出没する地点は不明。所在不明の工場で製造され、生きるもの全てを襲うプログラムにより、今では連合軍側にとっても大きな脅威となっていた。

1995年公開の「スクリーマーズ」

連合軍司令官ヘンドリクスンは無意味な戦争を一刻も早く中止するため、NEB攻撃部隊のエースと共にNEB基地へ和平交渉に向かった。核兵器と放射線で汚染された雪原を進み、廃墟に隠れていた少年デイヴィッドに出会う…ってなストーリーである。

1969年の短編「少数報告」を映画化したのが、2002年に公開された、スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の「マイノリティ・リポート/Minority Report」。原作とはプロットがかなり異なり、アクションシーンが追加されている。

トム・クルーズ主演の「マイノリティ・リポート/Minority Report」

西暦2054年のワシントンDC。政府は度重なる凶悪犯罪を防ぐ策として、ある画期的な方法を採用し、大きな成果をあげていた。それは、「プリコグ」と呼ばれる3人の予知能力者によって未来に起こる犯罪を事前に察知し、事件が実際に起きる前に犯人となる人物を捕まえてしまうというもの。ジョン・アンダートンはその犯罪予防局のチーフとして活躍していたが、ある日、ジョンは自分が36時間以内に見ず知らずの他人を殺害すると予知されたことを知る。一転して追われる立場になったジョンは、自らの容疑を晴らそうと奔走する…。

一転して追われる立場になったジョンは、自らの容疑を晴らそうと奔走する…

2003年に公開された「ペイチェック/消された記憶」は、短編「報酬」を映画化。主演は、2012年にジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロヴと一緒に製作した自身監督3作目作品で主演も務めた「アルゴ」が第85回アカデミー賞作品賞を受賞したベン・アフレック。ちなみに、ベン・アフレックは2015年公開予定の「マン・オブ・スティール」の続編映画「Batman vs. Superman(原題)」で、バットマン/ブルース・ウェインを演じることが決定している。

2003年に公開された「ペイチェック/消された記憶」

監督のジョン・ウーは、香港時代に監督したノワール系アクション映画で脚光を浴び、暴力的で華麗なる独特の映像美から「バイオレンスの詩人」とも呼ばれている人物。「フェイス/オフ 」「ミッション:インポッシブル2 」「レッドクリフ」など有名な作品は多い。

今から遠くない未来の話。フリーのコンピューターエンジニアのマイケル・ジェニングスは、プロジェクトを完成させる度に、機密保持のためそのプロジェクト期間の記憶を消されていた。そんなある日、大企業のオールコム社から100億円もの大金を報酬に提示される。その代償は3年間分の記憶。しかし、記憶を消した後のマイケルが手にしたものは、19個のガラクタが入った紙袋だけだった。さらにマイケルは、FBIやオールコム社のエージェントに追われ始める。

マイケルは、FBIやオールコム社のエージェントに追われ始める

この作品では、これまでのジョン・ウー作品の主人公とは違い、主人公が敵を殺さない設定となっている。これはマイケル・ジェニングスが普通の技術者であり、人殺しをするのはおかしいという監督の判断によるものであり、そのために従来のジョン・ウー映画の醍醐味ともいえる暴力描写はかなり控え目な作品となっている。なお、この作品には鳥が登場することなど、ヒッチコック演出のオマージュが散りばめられている。

2006年公開の「スキャナー・ダークリー 」は、長編「暗闇のスキャナー」の映画化。この作品の現実と幻覚とを曖昧にする表現手段として、俳優を撮影した実写映像をトレースしてアニメーション化する「ロトスコープ」という技法によって制作された。ソフトウェアにより効率化されているものの基本的に手作業であり、アニメ化には30人のアニメーターが15ヶ月を要した。

実写映像をトレースしてアニメーション化する「ロトスコープ」という技法によって制作

「今から7年後」の、「物質D」とよばれる強力な麻薬の蔓延が社会問題化したアメリカのアナハイム。当局が有効な対策を講じられない中、ニューパス社による中毒者の矯正だけが成果を上げていたが、陰では同社と麻薬産業との関係が囁かれていた。

キアヌ・リーブス演じる潜入捜査官のフレッドは、情報を掴むべくボブと名乗り密売人と目される麻薬常習者たちと共同生活を営んでいたが、同居人の1人、アイアンマンでお馴染みのロバート・ダウニー・Jr扮するバリスの密告により、互いの正体を知らない上司から「ボブ」の監視を命じられる。 潜入先で自らも麻薬に溺れていくフレッド/ボブは、やがて副作用に侵され自己を見失う。

キアヌ・リーブス演じる潜入捜査官のフレッド

この作品では、近未来のアメリカを舞台に麻薬常習者たちと彼らを取り巻く監視社会を描かれている。常習者の言動や共同体の様子、プライバシー監視への猜疑はかつて麻薬を常用していた原作者であるフィリップ・K・ディックの体験に基づいている。

2007公開の「NEXT -ネクスト-」は、短篇小説「ゴールデン・マン」を映画化した作品。映画の舞台は未来から現在に変更されている。監督は「007/ダイ・アナザー・デイ」のリー・タマホリ、主演はニコラス・ケイジ。日本では2008年4月に公開された。

2007公開の「NEXT -ネクスト-」

主人公のクリスは2分先の未来を知ることのできる予知能力の持ち主で、ラスベガスのカジノでマジシャンとして生活を送っていた。ある事件をきっかけにクリスの特殊能力が本物だと確信するに至ったジュリアン・ムーア扮するFBI捜査官フェリスは、ロサンゼルスに核兵器と共に潜伏したテロリストを探し出すためクリスに捜査への協力を求めるが、彼が予見できるのは自分の身の回りに起こるほんの2分先の未来。ただ、原作から拝借したのは2分先の未来が見える予知能力者というアイデアだけ、これは別の作品と考えた方がよさそうだ。

1954年の「悪夢機械」に所収される短編「調整班」を映画化したのが、マット・デイモン主演の2011年公開の「アジャストメント」。フォーダム大学の元バスケットボール選手デヴィッドは、饒舌な話術で有名なアメリカ合衆国議会の上院議員候補。彼はダンサーのエリースと運命的な出会いを果たし、2人が結ばれることは時間の問題だったが、翌日、黒ずくめの謎の集団に拉致される。彼らは「運命調整局」なる世界の時空と人の運命を自在に操作・調節して世の中の調和とバランスを監視する組織。

マット・デイモン主演の2011年公開の「アジャストメント」

しかし、彼らの不手際から2人が出会ってしまったために、事前に計画された本来の運命を進行させるため2人を引き離そうと画策。デヴィッドは自分の運命を取り戻して愛する彼女を守るため、たった1人で調整局たちの陰謀の阻止に挑むというストーリー。

フィリップ・K・ディックは1982年3月2日にカリフォルニア州サンタアナで帰らぬ人となった。亡くなる5日前に脳梗塞で倒れ、脳死と判定されてから生命維持装置を外された。残念なことに「ブレードランナー」が公開される4カ月ほど前のことである。彼の死後、遺灰を父親がコロラド州フォート・モーガンに持ち帰った。双子の妹が死んだ際、その墓にはディックの名も刻まれ、命日だけが空欄になっており、ディックはその墓に妹と一緒に埋葬された。

後にフィリップ・K・ディックのファンにより、彼の姿を似せた遠隔制御式アンドロイドが製作された。このアンドロイドはサンディエゴ・コミコンでの「スキャナー・ダークリー」映画化発表で壇上で披露された。なお、2006年2月にこのアンドロイドの頭部が紛失、いまだに見つかっていない。

彼の姿を似せた遠隔制御式アンドロイドが製作された

またまた余談ながら、「コミコン・インターナショナル (Comic-Con International) 」は、毎年7月か8月の4日間、カリフォルニア州サンディエゴで開催される、漫画などの大衆文化に関するコンベンション、及びそれを運営する非営利団体の事を指す。「サンディエゴ・コミコン」、または、単に「コミコン」とも呼ばれている。

当初はコミックやSF・ファンタジー映画などが中心だったが、年を追うごとに文化の幅を広げ、1日に約12万5千人が来場するコンベンションに成長した。

フィリップ・K・ディックの作風は「SF小説の皮を被った哲学小説」と称されている。全体を貫くテーマは「現実はすべて虚構である」こと。神秘体験なども経験し徐々に神学的な要素を帯びていった。また、彼の作品は「現実」というものの脆さと個人のアイデンティティの構築をテーマとすることが多い。何らかの強力な外部の存在によって、あるいは巨大な政治的陰謀によって、あるいは単に信頼できない語り手の変化によって、日常の世界が実際には構築された幻影だということに主人公らが徐々に気づき、超現実的なファンタジーへと変貌していくことが多い。こうした「現実が崩壊していく強烈な感覚」は「ディック感覚」と呼ばれている。

フィリップ・K・ディックの作風は「SF小説の皮を被った哲学小説」と称されている

なお、今後フィリップ・K・ディック原作の映画化は、2014年公開予定の短編「妖精の王」を原作としたディズニーアニメ映画「King of the Elves」、既に完成し配給待ち状態にある「アルベマス」を映画化した「Radio Free Albemuth 」、そして、「ターミネーター4」を製作した「The Halcyon Company」が、ジョン・W・キャンベル記念賞を受賞した「流れよ我が涙、と警官は言った」の映画化を発表している。公開予定は定かではないが、今から待ち遠しい作品だ。


 
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