都会のオアシス。

東京で学生生活を謳歌していた頃、住んでいた近所に喫茶室「ルノアール」があり、たまに利用していた記憶がある。もう30数年前の昔の事だけにひじょうに懐かしい。スターバックスなどの今風カフェの成長が鈍化する中で、喫茶室「ルノアール」は、いまだ健在という。

東京に住む人なら誰もが目にしたことがある喫茶室「ルノアール」。スタバなどの欧米スタイルのカフェが世の中に増殖する中、「残念な喫茶店」の最右翼かと思いきや、頑張って生き残っているのだ(失礼!)。「ルノアール」を経営しているのは、株式会社銀座ルノアールという、れっきとしたジャスダック上場企業で、コーヒーチェーン業界としては日本で初めて、「ドトールコーヒー」よりも先に株式公開を成し遂げた会社なのだ。

喫茶室「ルノアール」

直近の決算短信によると、平成21年3月期の連結売上高は、58億3100万円。前年比2.4%増であるから、この不況期にも大健闘であると言える。主な事業は、喫茶等事業。喫茶店112店舗を首都圏中心に展開。内訳は、お馴染みの喫茶室「ルノアール」が、85店舗。カフェスタイルの低単価コーヒーを提供する「ニューヨーカーズ・カフェ」が12店舗。個室スタイルの「カフェ・ミヤマ」が9店舗。「カフェ・ルノアール」が6店舗。2008年には、5店舗を新規オープンし、既存の店舗10店をリニューアルオープンさせている。その店舗のすべては、フランチャイズ方式の出店を行わず、直営店方式による展開であり、多様さで市場に応えている。決して「残念な喫茶店」を運営する、「残念な企業」ではない。経営方針が明確な優良企業なのである。

喫茶室「ルノアール」は、決してオシャレではない。若い人達から見れば「オヤジが入る喫茶店」に映るかも知れない。冷たい水と一緒に出された、分厚いタオル地の温かいおしぼりで手を拭き、ついでに顔や首筋を拭く。しかし、それが許されているのが喫茶室「ルノアール」なのだ。だから、オヤジくさいサラリーマンが沢山いる。それは、仕方ない。

しかし、隣の人からオヤジ臭が漂っても、席と席の間がゆったりレイアウトされた贅沢スペースだから、あまり気にならない。何と言っても、自分でコーヒーを運ばなくてもいい。コーヒーのサイズなんても聞かれたりしない。店員さんのサービスも行き届いている。コーヒーを飲んでしばらくすると、お茶が出てくる。メニューも難しい名前のものがない。いたってシンプルで、そこそこ美味い。

2人席から4人席への移動をお願いしたら、快くオッケーしてくれて、飲みかけのコーヒーの移動を手伝ってくれる。そして、「ごゆっくり」と声をかけてもらえる。その「くつろぎ感」 と 「目配り」と「気配り」。スタバやタリーズや、いわゆるカフェチェーンでは味わえないものだ。ビジネス的に、経済合理を追いかけない良さがある。まさしく、いい歳のオヤジにとっては「都会のオアシス」だ。そして、その古い表現が、ピッタリはまる。まさに、そこがミソなのである。

いい歳のオヤジにとっては「都会のオアシス」だ。

なぜ「喫茶店」ではなく、ルノアールは、わざわざ「喫茶室」と明記しているのか…。喫茶室ルノアール情報を中心に、都内で働くビジネスマンを応援するWebサイトには、「平日は商談・休憩・お昼寝のために利用し、土日は読書のためにルノアールに立ち寄る。そんなルノアールが生活に欠かせないビジネスマンを応援いたします。ルノアールは喫茶店ではなくあくまで喫茶室ですので、コーヒーを飲みに行くのではなく、あくまで何かを行う、それが営業中のお昼寝であったとしても、場所・スペースを求めるあらゆるビジネスマンの味方です。」というコメントが堂々と書かれている。

喫茶室「ルノアール」の店内では、書類に目を通す人、本を読む人、商談をする人、互いに立って名刺交換している人、ちゃんと整えられた電源を利用して仕事を黙々とこなすヒト、鼾をかく勢いで大胆に眠りこける人、ただひたすらタバコを吸う人、ほんと、自由奔放な利用方法である。「ルノアール」にはコーヒーを飲みに来ているのではなく、「何かをしに来ている」のだ。つまり、喫茶室「ルノアール」は、コーヒーを消費しにいく場所ではなく、何かをしにいく=生産の場所であり、目的の場所なのだ。だから、目的の内容は違えど、「目的を達成しに来る」という同志である空気感が、店舗内にある。やっていることはバラバラなのだが、「自分の居場所」を共有している連帯感がある。これは、「喫茶店」ではなく「喫茶室」としての面目躍如である。

「顔見知り」&「馴染み」感とでも言うのだろうか…、喫茶室「ルノアール」の目指す「くつろぎ」「安心」の根底には、このような感覚があるのではないだろうか。その「顔見知り」「馴染み」感があるがゆえに、実に街との相性が良い。その街のルールに、その街の生業に、ピタッとはまっている。故に、喫茶室「ルノアール」は、街の風景として記憶に残るのだ。

それと比較して「スタバ」は、どうだろう。「ルノアール」と同じように、職場とも家庭とも違う、安心して集うことのできる「第三の場所(サードプレイス)」を求める人々の欲求を満たしたところに成功の秘訣があると言われている。しかし、それは、「ルノアール」とは異質のものだ。

職場とも家庭とも違う、安心して集うことのできる「第三の場所(サードプレイス)」を求める人々の欲求を満たしたところに成功の秘訣があると言われている。

互いに職場とも家庭とも違う、非日常のプレイスであることは間違いない。しかし、「スタバ」は、何かと何かの、時間の合間のプレイスである。目的ではなく、日常生活の中継拠点としてのプレイスである。目的の場所ではなく、機能優先の場所なのだ。

街のシステムとしてのプレイスであるから、思い思いに過ごす人達が「群」にしか見えない。客が互いに消費者であり、決して同志ではなく、その機能を享受しているだけである。便利で、オシャレなのだが、喫茶室「ルノアール」で感じる一体感はない。喫茶室「ルノアール」が、「自分の居場所」であるなら、「スタバ」は「みんなの居場所」と言えるかも知れない。だから、どの街に行っても、「スタバ」は「スタバ」で、その街のルールとは異質な感じがある。

勝手にオヤジ理論の独断では、「スタバ」を商談の場所に選ぶビジネスマンより、喫茶室「ルノアール」を商談の場所に選ぶビジネスマンの方が、コミュニケーション上手のデキるビジネスマンだと確信する。喋りやすい、落ち着くというだけでなく、ビジネスの同志である連帯感を、「ルノアール」店内の空気が一気に後押ししてくれるからである。

カフェチェーンや「マクドナルド」は、コーヒーそのものの味やユニークなメニュー展開で、競争力を高め合ったりしている。独自のメニュー開発や興味深い販売促進に躍起になっている。その一方で、喫茶室「ルノアール」は、あくまでマイペースを貫いている。カタカナのマーケティング用語でその強みを分析することは難しい。「喫茶室」へのこだわりは、巷のコーヒー戦争とは、一線を画していると言える。

余談ながら、関西学院大西宮上ケ原キャンパス近くにある「マクドナルド」甲東園駅前店が、学生のマナーが悪いとして同大学に対応を求めたところ、大学側は「関学生の出入りが禁止された」と、学生に通知したという。

関西学院大西宮上ケ原キャンパス近くにある「マクドナルド」甲東園駅前店

「マクドナルド」は、対応を求めたことは認めながらも「出入り禁止とまでは言っていない」と困惑している様子。「マクドナルド」の店長が、「学生が試験勉強をするために店内を占拠し、飲食物を持ち込んだりする」と、関西学院大に相談したことは事実。

店長としては、大学側に学生を監視するよう求めたが、大学側はこれを断ったうえで、同日、学生用のネット掲示板に「関学生の出入りを禁止するとのことですので、指示に従ってください」と店名を出して注意を喚起したようだ。

関西学院大の学生課は「店長に『関学生の出入りを禁止する』と言われた」と、「マクドナルド」の言い分とは真っ向から対立し、平行線のままである。

マナーは守ろうぜ!

ただ、こんなトラブルがあったにもかかわらず「マクドナルド」では、半日居座った上、他の客に席を譲ってほしいと言っても聞き入れない学生もおり、申し入れの後も、学生の態度は改善していないと、嘆いているという。ま、どちらにも言い分はあるだろうが、経営効率を優先課題と考える店側からすれば、何とマナーの悪い、非常識な客であることに違いない。また、金を払っているのだから居座っても当然だと考える客の気持ちも多少は理解できる。

こんなトラブルは、多分、喫茶室「ルノアール」では発生しないだろう。関西にも「ルノアール」のような「ゆったり感」漂う店があればいいのだが…。

 
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